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東京地方裁判所 平成5年(ワ)6207号 判決

原告 株式会社三和銀行

右代表者代表取締役 川畑清

右訴訟代理人弁護士 丁野清春

被告 三越住宅株式会社

右代表者代表取締役 館下典敏

右訴訟代理人弁護士 志岐恒雄

主文

一  被告は、原告に対し、金二億円及びこれに対する平成四年七月二一日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、変額保険の一時払保険料の支払のために原告が被告に貸し付けた二億円の返還及び約定遅延損害金の支払を求めた事件である。

一  争いのない事実等

1  原告は、被告に対し、平成元年七月二〇日、金二億円を、次の約定の下に貸し付けた(以下、この契約を「本件消費貸借契約」という。)。(≪証拠省略≫)

(一) 返済期日 平成六年七月二〇日

(二) 利息の利率 年六パーセント(年三六五日の日割計算)

(三) 利息の支払 借入日にその日から平成二年七月二〇日までの利息を支払い、以後一二箇月ごとの各月二〇日にその日の翌日から次の利息支払日又は最終返済期日までの利息を支払う。

(四) 遅延損害金 元利金の弁済を遅滞したときは、直ちに期限の利益を失い、残元金に対する年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金を支払う。

2  被告は、原告に対し本件消費貸借契約の申込みをしたのと同じ機会に、アメリカンライフインシュアランスカンパニー(以下「アリコ」という。)に対し、変額保険契約の申込みをし、平成元年八月一日、アリコとの間で、被告の役員及び従業員一一七名を被保険者とする変額保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。本件消費貸借契約は、本件保険契約の一時払保険料二億〇二三三万三七六〇円の支払に充てるために締結されたものである。(≪証拠省略≫)

3  被告は、原告に対し、次のとおり本件消費貸借契約の約定利息を支払った。

(一) 平成元年七月二〇日 一二〇三万二八七六円

(二) 平成二年七月二〇日 一五二八万三二八七円

(三) 平成三年七月二四日 一六七〇万四一〇九円

4  被告は、平成四年七月二〇日、本件消費貸借契約の約定利息を支払わなかった。

二  争点

本件消費貸借契約及び本件保険契約について、被告に錯誤があったか。

(被告の主張)

1 原告室町支店業務課長田中誠二(以下「田中」という。)及びアリコの従業員髙橋信行(以下「髙橋」という。)は、共謀の上、被告副社長森山芳照(以下「森山」という。)に対し、保険料を原告から借り入れて利息を支払っても、変額保険は確定利回りであり、利息分が節税にもなるから、五年後に解約すれば、解約返戻金により必ず利益が出るとそれぞれ説明して、その旨森山に誤信させた。右両名は、変額保険が、保険料を株式等に投資するものであり、元本割れが生ずることもあるとの説明は全くしなかった。

2 そのため、被告は、変額保険が確定利回りであり、少なくとも元本割れすることはないと誤信し、そのことを前提として、本件保険契約の保険料を支払うため、原告と本件消費貸借契約を締結した。したがって、これらの契約における被告の意思表示には、動機において要素の錯誤があり、右動機は表示されていたから、両契約は無効である。

(原告の主張)

1 田中は、保険会社に勤務した経験のある被告経理部次長柴葉幸雄(以下「柴葉」という。)に対し、変額保険は、保険料を有価証券に投資するものであり、運用利回りが変動する、詳しくはアリコの担当者に聞いてほしいと説明した。また、髙橋は、柴葉に対し、変額保険について資料に基づいて詳細な説明をした。契約後には、アリコから被告に対し、本件保険契約の運用実績についての通知が毎年されている。

2 したがって、被告には何ら錯誤はなく、被告は、自らの判断でリスクのある変額保険に加入することを決めたものである。

第三争点に対する判断

一  証人柴葉幸雄、同田中誠二(一、二回)、同髙橋信行の証言によれば、田中及び髙橋が変額保険の説明をした相手は、主として被告の経理部次長であり、生命保険会社に勤務した経歴を有する柴葉であったと認められる(証人森山芳照は、自分が主に折衝したように証言するが、それ以上に柴葉が説明を聞いているものと認められる。)。

そして、証人田中(一、二回)、同髙橋の証言によれば、田中及び髙橋は、柴葉に対し、変額保険は、保険料の一部を有価証券に投資することにより運用し、その運用実績に応じて保険金や解約返戻金が変動することを説明し、その旨の記載のある資料を交付したことが認められる。

証人柴葉はこれを否定する趣旨の証言をするが、以下の諸点に照らして、信用し得ない。

1  被告が受け取っていたことが明らかな≪証拠省略≫には、保険金が増減変動する趣旨の田中の手書きの図解による説明がある。また、この記載から、田中が口頭でも説明したことが推認される(証人田中(一回)は、この資料に基づいて柴葉に説明したと証言している。)。これらによれば、少なくとも保険金が減少する場合があることについての説明があったということができる。

2  本件保険契約の申込書(≪省略≫)に被告代表者印による受領印が押捺されていることから、やはり被告が受け取っていたと認められる「ご契約のしおり・約款」(≪省略≫)には、変額保険の詳しく分かりやすい説明がある(証人髙橋は、この資料は柴葉に交付したと証言している。)。

3  本件保険契約の生命保険証券(≪省略≫)には、変額保険の死亡保険金又は高度障害保険金は、基本保険金額と変動保険金額の合計額となるが、変動保険金額が負のときは、基本保険金額となると記載されている。

4  証人髙橋の証言によれば、アリコから被告に本件保険契約の運用実績に関する年次の報告(≪証拠省略≫)が郵送されていることが認められ、そこには、運用実績のほか、解約返戻金の額も明記されている。証人柴葉、同森山は、右報告を受領していないとの証言をしているが、被保険者(被告の役員及び従業員)ごとの一一七名分もの報告が発送されていないというのは不自然であり(アリコが故意に郵送していないという場合しか考えられない。)、受領しながらだれも見ていないというのも不自然である。

5  証人柴葉は、変額保険及び貸付について、田中から最初に四〇分ないし一時間にわたり説明を受け、その後も本件消費貸借契約締結までに何回か説明を受けたこと、髙橋からも説明を受けたことを認めている。ところが、変額保険という新種の保険について、「変額」とは運用益が変わるとの説明があったとしつつ、それ以上の詳しい説明を聞かなかったとか、印刷された正規のパンフレットも要求しなかったし、約款も受け取っていない、アリコからの年次の通知も見ていないというほか、肝心の部分については記憶がないというなど曖昧であり、不自然である。

6  証人田中の証言(一回)によれば、柴葉は、平成三年七月上旬、原告を訪れ、本件保険契約の運用実績がマイナスになっているので、解約するにはどうすればよいかなどと田中に相談したことが認められる(証人柴葉は、この事実を明確に否定しない。)。

二  もっとも、証人田中(一回)、同髙橋の証言によっても、両名は、変額保険が元本割れする(解約返戻金が一時払保険料と借入利息の合計額を下回る)具体的おそれがあることについては説明をせず、被告用に用意した説明資料は、いずれも九パーセントの運用実績の場合のみを示して、保険料は借入金により支払い、その元利金を返済しても、運用益と節税効果により、被告に利益が出るという内容のものであったことが認められる(≪証拠省略≫)。したがって、具体的見通しとしては、九パーセント以上の運用実績を上げることを期待することができる趣旨の説明をしたことが推認され、証人柴葉、証人森山の各証言、被告代表者の供述をも総合すると、理論的にはともかく、実際上は本件消費貸借契約の最終返済期日に変額保険の解約をすれば、被告が利益を得られることが確実に見込まれるとの田中らの説明があり、その見通しの下に、本件保険契約及び本件消費貸借契約が締結されたものと認めるのが相当である。証人髙橋も、理論上リスクがあるとは認識していたが、当時の環境からして、そのリスクを自信を持って言うことは難しかった、当時は九パーセントでも低めかなとの印象を持っていた、それ以下の数字の説明は業界ルールで触れなければいけないので、一応伝えたが、元本が割れる割れないという会話は出しづらい面がある、変額保険は日本経済が発展すると考えている相手にしか勧めないなどと、これに近いニュアンスであったことを肯定する証言をしている。証人田中は、ハイリスク・ハイリターンとの説明をしたというが、以上に照らして信用し難い。

以上によれば、被告が本件保険契約及び本件消費貸借契約を締結したのは、変額保険の運用実績が九パーセントないしそれに近いレベルを続けていくものと考えてのことであったと認められる。そして、田中、髙橋が右のように高い運用実績を期待することができるとの説明をしたことが、被告がそのように判断した一因となっていることは否めない。

三  しかしながら、前記一で認定した事実に照らせば、田中及び髙橋の説明により、被告の経理部次長柴葉は、変額保険について、具体的なおそれがあると考えなかったにしても、運用実績によっては解約返戻金が減少し、元本割れする抽象的おそれがあることは理解し、認識したものと認められる。

証人森山及び被告代表者は、田中が運用実績が九パーセントを下回ることはないと説明したというが、確定利回りであるとは言わなかったと認めており、仮にそれに近い言動があったとしても、本件消費貸借契約の最終返済期日までの運用実績の見通しとして述べたというべきであり、利回りの最低保証の趣旨で述べたものではないと認められる。そして、当時の社会経済情勢としては、田中、髙橋のほか、被告代表者、森山、柴葉も含め、大多数の者が、我が国経済の成長を予測していたことは、公知の事実である。すなわち、右見通しは、田中及び髙橋の見通しであったと同時に、自らも営利企業である被告自身の経済見通しでもあったものであり、関係者の一致した見通しの下に、本件消費貸借契約等が締結されたものというのが相当である。

そして、被告は、個人と実体の異ならない零細企業ではなく、当時、役員と従業員を合わせて一五三名、二十数支店を有し、年間純利益約三億円の中堅不動産取引業者である株式会社であって(証人森山、被告代表者、≪証拠省略≫)、経済見通しについては、自ら判断し得る力を十分備えていたというべきである。

そうすると、被告が、理論上はリスクがあることを少なくとも経理部次長において認識していた以上、元本割れする事態はないとの田中らの予想に同調して本件消費貸借契約等の締結に及んだとしても、それは被告自身の判断による経済予測が外れたというにとどまり、その予測が表示されており、田中がそれを知っていたとしても、要素の錯誤として契約を無効にする事由になるとは到底いえない。

四  以上によれば、被告の錯誤の主張は失当であり、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判官 大橋寛明)

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